(0:24) 今日は子供の送り迎えがあるほうの普通の一日。
すごくつらい。
朝、宇宙覇王イヤホン(13000円ほど)がなくなっていることに気がついた。
昨日の夜まではあったから、家のどこかにあることは確かだけど…。
それで有線のイヤホンを使ったけど、物理的に物を挿したり抜いたりするというのは明らかに人間がやるべきことではない。
これまでこんなに面倒なことをしていたなんて…。
帰っても見つからないので、涙をのんで宇宙覇王イヤホンをもう一個買った…。
いずれにせよ、イヤホンのような小さなものを一個だけで運用するというのは不可能だ。
本当なら3個はほしいところだけど…。
(1500円の有線貴族イヤホンは3個持っている)
なぜ物はなくなるのか…。
なぜ我々はまだ物理的存在であり続けなければならないのか…。
せめて、耳にBluetoothイヤホンを内蔵できたらいいんだけど…。
死にたい。
はぁ。
いいニュースとしては、お金の返されがあった。
お金がなくてしんどい環境にいた人にお金を貸して、その人はよりよい環境に移ることができて、余裕ができて返してもらえることになったという、理想的な流れだ。
実際のところ、こううまくいくことは珍しい。
借りたお金を返すというのは人間の本性に反しているところがあって、そのためにお金を貸したことによって人間関係の失われが生じたりすることもあるから…。
それでも、ぼくは相手と状況によってはお金を貸す。
(Eにはバカにされる)
(「そんなに人にお金を貸すなら私に貸してよ」とか言われる)
(Eが他人なら1円も貸したくない)
(信頼関係がないのでは?)
(いまさら)
明日の午前は免許の講習に行く。
10時から。
仕事には遅れて行く。
(フレックスなのでほかの日に埋め合わせればいい)
それで、Eに子供を療育に連れて行くように言われてしまった。
しかたがない…。
(本来なら、するべきことの分担についてEと交渉できたほうがいいのかもしれない)
(しかし、ぼくにとっては子供を幼稚園に送り迎えすることも、療育に連れて行くことも、それをするぐらいなら死んだほうがマシなぐらいつらいことであって、それを主張したくてもしてしまうと人間失格ということになってしまうのでできない)
(そういうわけで、それをするぐらいなら死んだほうがマシなことを心を殺してこなしながら生きている)
(なぜ生きるのか)
(なぜ)