(1:31) 朝、予定通りNさんと通話した。
23日の昼に会う約束をした。
共有カレンダーに「Nさんと会う」という予定を23日に入れたところ、EからLINEが来た。
切符は24日のものだと言われた。
切符を見ると、新幹線自由席特急券の日付が24日になっている。
乗車券のほうは、京都から変な駅、変な駅から東京の2枚に分かれていて、前者が回数券、後者が24日から。
なんでこんなことに…。
Eが切符を買ったと言ったとき、回数券か何かだと思ってた…。
切符をなかったことにしてそのまま23日に行こうかと思ったが、上位者に禁止された。
上位者は遠くにいるのに、上位者の支配下で生きないといけないなんて…。
打ちのめされて、Nさんに謝って、24日にしてもらえないかと聞いてみた。
24日は忙しいそうだ。
それで今回は会えないことになった。
申し訳ないし、情けない…。
今回の地上生活は自由だと思っていたのに、東京に行く日が24日に決まっていたなんて…。
奴隷は悲しい…。
後から調べてみたところ、払い戻しはできるようだった。
知っていたら、払い戻しを受けて、23日の切符を買い直すことにしているところだった。
しかし、Nさんとの予定はすでに流れてしまったので、時すでに遅し…。
(人と一度決めた約束を違えるというのはぼくにとっては死に値する罪なので、それをやってしまうと精神が死ぬ)
(今さら、「やっぱり23日行けるので会いましょう」とは言えない)
(もう予定が入っているかもしれないし…)
(友達ではあっても、こういうところでの精神の削られ方はどうしようもない)
Eと結婚したぼくが悪い…。
結婚するときには相手の人格が大事だということはよく知られた事実なのに…。
それをおろそかにしたために、人生はもうどうしようもなくめちゃくちゃになってしまった…。
ぼくにも人格があると認めてくれるような人だったら、ぼくには東京にいつ行くかを選ぶ自由があるとわかってくれるはずなのに…。
そういうわけで、今回の地上生活は台無しになってしまった…。
自由だからこその地上生活なのに…。
(地上生活というのはカイジから)
精神が死んでいたが、プールに行って、その後は世界最高の美食ココイチのロースカツカレーを食べた。
まあ、自由がないのにおいしいものを食べたところで、口の中にエサを詰め込まれるフォアグラのガチョウと変わらないが…。
中国にはよく知られたこういう詩がある。
“生命诚可贵,爱情价更高。若为自由故,两者皆可抛"
(生命は貴重だが、愛はさらに尊い。しかし、自由のためなら、そのどちらも捨てることができる)
今回の休みが終わったら、今のかりそめの自由もどきすら完全に失われる…。
もはや生ける屍、上位者の支配下で、脳死者のように息をするだけの人生とは言えない人生を続けるだけ…。
上位者がいない間、人生の選択を間違えた悲しみについて泣き明かそう…。
(上位者がいるときは、奴隷の立場に涙することすらできない)